
単純な日本アゲの目的で「引き算の美」って言うのは違うと思うんだわ
結論から言えば、引き算の美というのは「制約の中での自由」だ。この制約というのは自由と矛盾するものではない。余計な「説明」を省きテーマの解像度を極限まで引き上げるための情報の圧縮プロトコルだ。
以下にその構造を紐解いてみようと思う。
- 単純な日本アゲの目的で「引き算の美」って言うのは違うと思うんだわ
- キツすぎる環境が、改造文化を生んだんじゃね?
- 韻文+改造=フレームワークの共有
- 他の引き算の美と比較してみる
- アルティメット・コンテキストな日本文化
- 珍しくまともなまとめ
キツすぎる環境が、改造文化を生んだんじゃね?
日本の国土は山ばかりで住める場所が少なく、しかも小さな単位に分割されている。また、国土を取り巻く海洋は外界との交流コストを引き上げる境界線として機能してきた。
地理的に閉鎖的で、険しい地形により災害が頻発する――そうすると資源の移動が難しくなるからその場にあるもので何とかするしかない場面が多くなる。日本人に普遍的な「もったいない」という感覚には仏教の影響なども言われるが、構造的背景はそこにあるのだろう。
「その場にあるもので何とかする」といっても、その場に偶然あるものをそのまま使える場面は多くない。そこで必然的に発達したのが「転用・改良・改造」の文化だ。日本人が変態的改造を得意としてきたことは、今更説明の必要のないことだろう。
韻文+改造=フレームワークの共有
フレームワークの適用って、要は縛りだよね
この改造根性は、文学にも適用されたはずだ。
誰かが作った美しい文学表現を、改造して自分の表現に変える。これは一歩間違えば「パクリ」になってしまうけれども、模倣というのは何かを学ぶ時に避けて通れないことでもある。
日本人にとりわけ特徴的だったのは、これが単なる模倣ではなく改造=再利用の性格を帯びたことではないだろうか。
つまり、何となく元の表現に近いものを作り出すことを超えて元の表現のフレームワークを保存しながら再活用したわけだ。そして再利用が再利用を呼び、フレームワークは次第に新たなルールへと蒸留されていった。
詩を始めとする韻文が散文と異なるのは、リズムを刻むことと規則を持つことだ。
日本の詩、和歌や俳句。
万葉集の頃、既に和歌の形式は存在したが、それの原則から外れた詩も多く収録されていた。だが、平安時代には和歌の形式は強固になり、室町時代の連歌の流行を経てやがて俳句が成立する……このように、少なくとも日本では韻文は制約を増やす方向へと発展した歴史的事実がある。
これは、「規則を持った文」=韻文に、蒸留されたフレームワークを2重の規則として適用し続けた歴史だともいえるだろう。
でも、縛りってただの不自由なのかな?
長大な詩が和歌や俳句にコンパクト化していく過程では、単に文字数の制約が厳しくなっただけではなく、数多くの約束事が共有されるようになった。
例えば和歌の枕詞はただの飾りではない。枕詞の持つ機能には諸説あるが、私はその語の一般化した背景説明の代用(辞書化されたコンテキスト)なのではないかと見なしている。本来は詳しい説明が必要なところを枕詞の一語に圧縮することで説明を不要にし、短い和歌の中に別の表現を書き込む余地を増やす。一見すると文字数のムダに見える枕詞が、かえって表現の自由度を増やしているといえないだろうか。
これと同じようなことは俳句の季語にもいえる。
枕詞、本歌取り、季語……日本の韻文はこういった明示的な技巧ばかりでなくフレームワーク(世界観)の中での理解を強制することで余計な背景の説明を省き、テーマの解像度を最大化することに成功した。
同時にこの共有されたフレームワークは、書かなかったこと=余白*1から受け手がはたらかせる想像力のガイドラインとして機能し、詠み手は安心して余白を残すことができる。
これが引き算の美の正体といえるだろう。
他の引き算の美と比較してみる
引き算の美というのは、様式(ルール)と不可分だ。
例えば茶室。
茶室や茶道には、はっきりとしたテンプレートがある。だが、その表現の幅は無限大だ。様式をある枠内に固定することが、枠内での表現の解像度を最大化している好例といえるだろう。
例えば日本画。
日本画は西洋画のように一点透視などのパースが描かれることは少なく平面的だ。平面に描く絵なのだから平面なのは当たり前だろうという堂々とした割り切りに見える。さらに、雲や霞、縁起物、八景、大観視といった約束事が共有され、一見すると決まり事だらけだ。
それと引き換えに発達した技法の一つが異時同図法*2だ。同じ画面に異なった時間に起きた物事を同時に描き込む――これは、3次元を2次元に圧縮し、さらにテーマと無関係のことを描かず余白を大きくとる、そのような情報の圧縮と削減が表現できる次元――時系列――を増やしているといえる。これも詩歌と同型の「圧縮による自由の獲得」の一例だ。
また例えば華道。
「天地人」というフレームワークが共有されていなければ、どんなに美しく活けられた花も、ただの花束と変わりがない。
このように日本人は、約束事の共有によって背景を整理し、テーマの解像度を引き上げること――引き算の美を多用してきたのだ。
アルティメット・コンテキストな日本文化
約束事の共有って、どうやって成立したかな?
とりわけ文学において約束事の共有に必要なのは、多くの人が共通の古典を学んでいることだ。
そのために重要な文字と紙の普及基盤は、私は奈良時代には芽吹いていた可能性が高いと考えている。仏教における納経と、律令制の実施のためには、文字と紙が不可欠だった。国分寺は国ごとに建立され、日本の荘園は細かく分断されていたから、支配層に連なる「文字を介する人」の比率は人口に対して多くなり、紙の生産も各地で始まったはずだ。
これに加え、各地の寺社や琵琶法師のような存在は、様々の説話や平家物語といった文学のテンプレートを各地の人々にインストールして回った。都から各地に配流された流刑者や、平家の落人なども、その役割の一端を担ったと想像される。
室町時代に町人が力をつける過程でテンプレートは階級を問わず共有されはじめ、江戸時代、紙が庶民に普及したことで世俗化しながら一気に拡がった。
その過程と、俳句という究極の引き算の美が成立した時期が一致するのは決して偶然ではないはずだ。
いやそれ本当に日本だけなのか?このブログ自体が日本アゲなんじゃね?
もちろん、制約=フレームワークの共有による文学は日本以外にもある。
たとえば以前に日本とイランの共通点が多いことを書いたが、ペルシア文学にもルーバーイーという古代中国の絶句に似た定型詩がある。だが、この偉大な文学はイスラム教という宗教の制約から日本とは異なる変態的進化を遂げた。1つの表現が表裏様々の多様な意味を持ち、宗教的にOKともNGとも読める曖昧さ……これはこれで興味深いがここではそういうものもある、という程度の話にとどめておこう。
ルーバーイーとの比較で示した五言・七言絶句や、西欧の定型詩ソネットなどは、隆盛後に非主流化して口語の詩に置き換わった。これは、大陸的文化において人の交流が活発になり階級が解体されていったことで、フレームワークの共有が困難になって「誰にも伝わる説明」が必要になったのだと解釈できる。
日本の文学は、このような宗教の制約や、文化的背景の共有が難しくなるような事情の影響が「たまたま」相対的に少なかった*3ために、特異な進化を遂げたのだろう。
さらに言えば、和歌・俳句のような「圧縮された表現」は、地理的な(それに付随して時間的な)分断を超えて共有・記憶するのに適している。山河で細かく分断された日本の国土が、このような「堅牢な」情報表現の適合性を高めたという側面もあるかもしれない。
珍しくまともなまとめ
日本人の引き算の美とは、単にミニマルな表現=説明不足とは違う。
俳句、和歌、華道、茶室……これらに課せられた制約は、テンプレートの共有による説明の不要化がもたらした「結果」とさえいえるかもしれない。「アルティメット・コンテキスト*4とでもいうべき背景の共有による言語圧縮が可能にした、テーマに集中した高解像度の表現」、さらには日本画に(さらに漫画・アニメにも)見られる「平面化という空間圧縮と定型表現の共有による、時間表現の獲得」。それらが引き算の美だ。
プログラミングにおいてアセンブリ言語で開発を行えばできることが多いように思うかもしれないが、実際には「全部書かないといけない」ので複雑な機能を実現することは難しい。ライブラリが充実した現代的なプログラミング言語でこそ創造的なコーディングができることと、よく似ている。
「全部書かないと伝わらない」ために形式の統一が進んでいなかった万葉の時代から、古今和歌集・百人一首……そして奥の細道へ。
そうした「制約の追加」が、日本の文芸に小宇宙とさえ評価されることがある自由を与えてきた。だから「17文字でも伝わる」――そう言っては言いすぎだろうか?
なお、この文章自体が引き算の美とは程遠い贅肉まみれだという批判は甘んじて受け入れたい。